2012年4月18日水曜日

第14回長野オリンピック記念長野マラソン

昨年は東日本大震災や長野県北部地震の影響で大会が中止され、2年ぶりの開催となった。4回目のフル、2回目の長野マラソンである。新聞等によると、1万人を超えるエントリーがあり、最終的に8769人(男子7441人、女子1328人)が出走。7664人(男子6582人、女子1082人)が完走し、出走者、完走者とも過去最多を更新した。順位は3,886位。


前日は朝から雨。時折、大雨、強風となり、気温もぐっと下がった。そのせいではないのだが、関越新座料金所を通過する時に、ETCが認識されず、あやうく車を傷つけるところであった。もちろん、入る時に認識されていないので、ICを出るときも認識されず、係員が飛び出してくる始末。こんなこと初めての経験であった。

さて、大会の朝は5時半に実家を出発。今回は駐車場が須坂のオリオン機械という会社の駐車場となったため、高速道路を利用。意外にも15分程度で着いてしまう。会場までは約20分。7時過ぎには会場に到着した。

前日の天候を引きずってかこの日の朝は曇り空で空気も冷たかった。とはいえ、気温は10度前後、無風で絶好のマラソン日和。これはサブ4もいけるかなという思いでいざスタート。

結果を先に書いてしまうと、自己ベストとはなったがまたまたサブ4ならず。理由はいくつかあるが、一つは天候。スタートから3kmほど走ると空が急に明るくなり、春とは思えない日差しが。ちなみに、この日の最高気温は18.6度まであがったらしい。一昨年もかなりの気温だったが、無風な分それ以上にも感じた。そして、やはりというかシューズに十分慣れていなかった。30kmをすぎてから右足の足裏が痛くなり(というか固くなり)はじめた。また、最初から右足にはふくらはぎに不安があり、なかなか思い切ったことができなかったのも事実。でもすべて言い訳になっちゃうからなあ。

改めて思ったことは、やっぱり走る距離を増やさないとだめだということ。


記録を細かく見ていくと、実は前回とあまり変わらないことに気づいた。前回は初フルということで、当然のことながら残り10kmはバテバテだったのだが、今回もタイムの上ではほとんど変わりがない。ただ、前回のような悲壮感はなかったし、Finish 後もわりと普通に歩くことができた。前回は本当に足が棒になるという状況だったのだが。結局、頭からの司令のせいか。これも走り込みが不十分ということだろう。

さて、今回もQちゃんがスターターとして登場し、途中35kmあたりでハイタッチ。ただ、その後、岩野橋をわたっている途中でQちゃんを先頭とする一団が後ろから追いかけてきた。それほど早くもなかったので、いけるところまではいこうと思い、一団にくっついていった。1kmぐらいだろうか、Qちゃんの後ろを走ったわけである。すでに現役を退いてしばらく立っているが、走り方はやっぱりきれいであった。また、髪の毛もさらさらだということも発見であった。沿道からは「結婚おめでとう!」なんて声もかかり、一団の中では笑いもおきて、楽しかった。がしかし、1kmすぎるとさすがに足が前に進まなくなってしまった。う~ん、もしあのままこの集団についていったら、サブ4も夢ではなかったかもしれない。

今回のFinisher's Towel はブルー。Tシャツは紺色。前回はとにかく足が痛くて仕方がなかったが、今回は余裕で記念撮影。また、前回もそうであったが、ボランティアの学生諸君の礼儀正しさには本当に頭が下がる。「お疲れ様でした」の一言でうるうる来てしまった。

あとは、例のごとく、実家近くの天然温泉に入って、軽く食事をしてから帰った。

来年ももちろんチャレンジします!

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